開発のきっかけ(1989年)
 1973年(昭和48年)鹿児島大学医学部卒業後、第一内科に入局し、循環器を専門とする臨床医として診療・研究に従事した後、1989年(平成元年)1月、第一内科から霧島リハビリテーションセンターへ移籍した。移籍して間もなく、週1回外来診療に従事していた鹿児島市の某病院で、「死ぬ前に1度温泉に入りたい」と口癖のように看護士さんに話していた重症心不全患者との出会いが、和温療法開発のきっかけとなった。患者は1年以上入院中の後期高齢者で、心不全の末期でした。霧島リハセンターには患者用と職員用の温泉施設が完備しており、診療が終わるといつも温泉を楽しんでいたが、温泉に入る度にその患者のことを思い出し、患者の願いをかなえることはできないのかと思案していた。入浴は重症心不全に禁忌とされていたが、文献で調べても明快な理由は不明で、心臓に対する入浴の影響を自ら調べることにした。超音波心エコー図は専門なので、まずは入浴中の心エコー図を記録して心臓に及ぼす入浴の影響を調べることにした。臨床実習(ポリクリ)に回ってくる医学部学生の協力を得て、入浴中の心エコー図と呼気ガスを記録した。

自動昇降式浴槽を用いて入浴中の心エコー図と呼気ガスの測定(1989年)
 自動昇降式浴槽を用いた入浴とは、被験者をストレチャーに乗せて自動昇降式浴槽の上に移動し、上半身を半臥位にして浴槽を上昇させて入浴させる方法である。自動昇降式浴槽を用いると、入浴前、入浴中、出浴後の心エコー図と呼気ガスを連続的に記録できる。健常者の入浴中の心拍出量(1分間当たり心臓から全身へ駆出する血液量)は入浴前に比べて有意に増加することが判明した。心不全は心拍出量の低下した状態なので、心拍出量の増加は心不全にとって望ましいことである。運動も心拍出量を増加させるが、運動は同時に酸素消費量も増加させる。
 例えば平坦な道をゆっくり歩いても酸素消費量は安静時に比べて3倍~4倍増加するので、重症心不全患者に運動は制限される。これに対して、自動昇降式浴槽を用いて入浴中の呼気ガスを測定すると、安静の状態で入浴するので入浴中の酸素消費量の増加はわずか(0.3~0.4倍)であった。すなわち自動昇降式浴槽を用いた入浴は、酸素消費量の増加は軽微で心拍出量を増加させることが判明した。従って、自動昇降式浴槽を用いた入浴は重症者心不全患者に可能であると考えた。入浴中の血圧や心拍数は入浴温度・入浴時間などで変動するので、入浴温度は被験者に気持ち良く、入浴時間は数分間であれば、血圧や心拍数の変化は許容範囲であることを確認し、自動昇降式浴槽を用いて患者の願いをかなえてやれると確信した。

重症心不全患者の温泉入浴を実現(1989年)
 患者と家族の同意を得て、救急車に同乗して患者を霧島リハセンターに搬送した。翌日、自動昇降式浴槽に霧島温泉の湯を入れ、湯加減に気を配りながら浴槽を上昇させ、気持ち良い温度の霧島温泉の湯に全身を浸らせた。すると患者は大きな深呼吸をゆっくりした。一瞬ご臨終かと冷や汗が流れ、除細動器を持つ手に力が入るも、モニター心電図に何ら変化は認めず。「先生」と呼ぶ患者の声に慌てて顔を覗き込むと、合掌しながら目に一杯涙を浮かべ、「もういつ死んでよかです」と言われた。その光景は今でも脳裏に焼き付いている。患者の満足感と感謝が大きかったので、翌日から自動昇降式浴槽を用いて温泉入浴させることが私の日課になった。すると驚いたことに1週間毎に見違えるほど回復し、2ヶ月後には患者は自宅へ歩行退院できた。
重症心不全患者の温泉入浴写真

心不全患者の入浴中の血行動態の測定(1989年~1991年)
 自動昇降式浴槽を用いた入浴による酸素消費量の増加は軽微で、心拍出量は有意に増加することが健常者で確認できたので、入浴による血行動態の変化を心不全患者で調べることにした。心不全患者の同意を得て、右頸静脈にスワン・ガンツカテーテルを挿入後、自動昇降式浴槽を用いて入浴前、入浴中、出浴後の心内圧(右房圧・肺動脈圧・肺動脈きつ入圧)を、心エコー図、呼気ガスと同時に測定した。その結果、心内圧は入浴中に有意に上昇することを確認した。
 心内圧の上昇は心臓への負荷の増加を示すので心不全には望ましくない。しかし、浴槽を下降させて出浴させると心内圧は入浴前よりも低下して、心臓への負荷は減少することを示した。これらの事実は、入浴中は静水圧により静脈還流を増加して心内圧は上昇するが、出浴により静水圧の影響は消失し、入浴による体温上昇は動脈・静脈を拡張させて、前負荷および後負荷を減少させることを示した。心臓の前負荷および後負荷の減少は心不全に望ましいことであるが、通常のお風呂や温泉では酸素消費量の増加と心内圧の上昇は避けられず、重症心不全の入浴は慎重ないしは注意が必要であることを改めて確認した。

心不全患者の遠赤外線乾式サウナ浴の心エコー図・呼気ガス・心内圧の同時測定
(1990年~1992年)

 乾式サウナ浴中の心エコー図、呼気ガス、心内圧を同時記録できる臨床治験用の遠赤外線乾式サウナ室を開発した。このサウナ室は、サウナ室内の壁側に移動式ベッドを置いて、心エコー図・心電図・血圧を記録するための孔を側面に作成し、頭側には心内圧および呼気ガス測定用の窓を作成した。右頸静脈にスワン・ガンツカテーテルを挿入後、患者をサウナ室内のベッドに臥位にして、サウナ浴中の心エコー図・呼気ガス・心内圧を同時記録して、サウナ浴前、サウナ浴中、サウナ浴後を比較した。サウナ浴中の酸素消費量は軽微で、心拍出量は増加、心内圧はサウナ浴中に低下した。サウナ浴中に心内圧が低下することは、自動昇降式浴槽で入浴中の心内圧の上昇とは逆であった。
 乾式サウナ室内の温度やサウナ浴時間、出浴後の安静保温の時間などで血行動態の変化に差異がみられた。最終的にベッドの高さの温度を60℃にして15分間の乾式サウナ浴、そして30分間の安静保温を心不全に対する温熱療法の処方とした。この時、深部体温は約1℃上昇することを、スワン・ガンツカテーテルによる肺動脈内の体温測定で確認した。
霧島リハビリセンターサウナ室での測定

慢性心不全に対する温熱療法の有効性の検証(1993~1997)
 薬物療法で慢性心不全のコントロールが不十分な患者に、遠赤外線乾式サウナ治療を加えて1日1回、4週間の治療効果を明らかにした。しかし、一般の循環器専門医が慢性心不全に対する温熱療法の効果を受け入れるには時期早々であった。そこで臨床医学の世界的なメッカと言われるメーヨ・クリニックで、心不全に対する温熱療法の有効性を再確認することを決意し、1994年~1996年にメーヨ・クリニックに留学した。臨床研究のプロトコールが倫理員会 (IRB) で承認されるのに1年以上かかり、サウナ治療室を開設するまで1年半を費やした。プロトコールの内容が厳しく、症例登録に難渋したが、何とか臨床治験を終了して、心不全に対する乾式サウナ治療の安全性と有効性をメーヨ・クリニックでも確認した。
 自動昇降式浴槽および遠赤外線乾式サウナ浴による慢性心不全の血行動態の変化」を、霧島リハセンターで施行した臨床研究が、1995年、循環器雑誌の権威であるCirculation 誌に掲載された。

慢性心不全に対する遠赤外線乾式サウナ治療の多彩な効果
臨床研究と小動物実験による確認(1998~2006)

 1998年4月、霧島リハセンターから古巣の鹿児島大学第一内科に復帰した。その結果、マンパワーが増して、慢性心不全だけでなく様々な難治性疾患に対する温熱療法の有効性を確認する臨床研究を開始した。またハムスターやマウスを用いた小動物実験で、臨床で確認された有効性の確認と、その効果発現機序を解明した。
 慢性心不全に対する臨床研究では、心不全患者の血管内皮機能の改善や不整脈の改善、危険因子を有する生活習慣病の血管内皮機能の改善などを明らかにした。閉塞性動脈硬化症に対する臨床研究では、疼痛の軽減や歩行距離の改善、下肢切断の適応となるような重症下肢虚血例にも著明な改善が認められた。
 その他の臨床研究で、難治性の慢性疲労症候群、頑固な繊維筋痛症、唾液分泌不全、再発する術後イレウスなどに温熱療法の効果があることを確認した。
  小動物を用いた基礎的研究では、温熱療法は心不全モデルハムスターの予後を改善し、NO合成酵素の遺伝子発現を亢進し、NO蛋白発現が増強することを証明した。

“温熱療法”から “和温療法”への名称変更(2007年)
その後の臨床研究と基礎研究 (2007年~2012年)

 癌に対する局所の高熱療法と明確に区別するために、全身を心地良く温める温熱療法の名称を変更する必要があると考え、2007年(平成19年)3月に「温熱療法」から「和温療法」へ名称を変更した。「和温」は訓読みで「なごむ・ぬくもり」の意である。和温療法:和む温もり療法は、限りなく安全で、患者を和ませ、気持ち良い発汗を促す優しい治療である。「和温」は造語で、英語訳は日本語発音のままに「Waon Therapy」と命名した。和温療法:Waon Therapyは、現在、国内外で認知された名称である。2011年、ヨーロッパ心臓病学会誌: European Heart Journalに、和温療法は難治性心不全に対する新しい治療法として紹介された。
European Heart Journalの誌面

 2008年、和温療法の安全性と有用性の確認のために、国内10ヶ所の循環器施設の参加による前向き多施設比較臨床治験を、188例の慢性心不全を対象として施行した。和温療法を1日1回施行した和温療法群は、心不全の臨床症状と心機能を有意に改善し、心拡大を縮小させる安全で有効な治療法であることを確認した。
 2009年、後ろ向き研究であるが、120例の慢性心不全患者を対象として、薬物療法群と薬物療法に和温療法を週2回施行した群に分けて、5年間の経過を観察した結果、和温療法群は追跡期間中の死亡率と心不全による再入院率を有意に減少させた。また同年、Mayo Clinicからも慢性心不全患者における和温療法は、安全で副作用のない治療法であることが報告された。
 2010年に改訂された慢性心不全に対する日本循環器学会ガイドライン(慢性不全治療ガイドライン2010年改訂版)で、和温療法はクラス1(有効)として掲載され、循環器専門医に推奨する治療として承認された。
慢性不全治療ガイドライン2010年改訂版掲載面

 2011年9月の先進医療専門家会議において、慢性心不全に対する和温療法は高度先進医療Bとして承認された。

 なお、2年に一度見直される保険収載の2012年と2014年の変更時に、日本循環器学会、日本心臓病学会、日本心不全学会の3学会が、慢性心不全に対する和温療法を保険収載の学会推薦の第1位に申請した経緯がある。権威あるこれら3つの学会が保険収載申請の第1位に推薦したことは、和温療法の安全性と有用性を専門医学会が認めた証である。それでも保険収載されなかった原因は、「和温療法器」の添付文書に「心不全は禁忌」として記載されていた書類上の不備が問題で、保険収載の承認は見送られた。

和温療法研究所の開設と多施設無作為比較臨床研究(2012年~2014年)
 和温療法の確立と普及の拠点として2012年5月に和温療法研究所を開設した。「和温療法器」の添付文書に記載されている禁忌事項の削除のために、日本心臓財団と東大TRセンターの協力と指導のもとで、2012年から和温療法の前向き多施設無作為比較臨床研究を開始した。全国の16大学病院を含めた19施設の参加により施行した前向き多施設無作為比較臨床研究は、152例の重症心不全の症例登録を2014年4月末に完了した。この多施設前向き臨床研究で、和温療法に直接関連する有害事象は1例もみられず、安全性を再確認して2014年10月に和温療法器の添付文書の件は解決した。
 なお、2012年に富山大学のグループから、和温療法は心不全に対する運動耐容能を延長することが報告された。この結果は前向き無作為比較臨床研究で証明された。2014年3月に発刊された日本循環器学会雑誌(循環器専門第22巻第1号)に、和温療法は「日本で開発された治療法」として掲載され、和温療法は循環器専門医に「心不全に対する安全で有効な治療法」として認知された。

(一社)和温療法研修センターの開設と新規保険収載の申請(2015年~2019年)
 和温療法の普及を通じて、さまざまな疾病や障害の治療とリハビリテーション、及び国民の健康増進・健康長寿・疾病予防等に貢献するため、2016年に一般社団法人和温療法研修センターを開設した。医療従事者への教育と研修の実施のために、同年11月に第1回和温療法研修会を開催し、2019年までに計5回の研修会を開催した。これまで200名以上の医師、看護師、理学療法士、作業療法士に研修修了証を授与した。またこの期間に、慢性心不全、重症下肢虚血、慢性疲労症候群、線維筋痛症などの難治性疾患に対する有効性を報告するとともに、その効果発現機序についても検討した。和温療法は慢性疲労症候群の症例の脳血流を増加することを明らかにし、脳血流の増加が症状の改善に関与することを示唆した。重症心不全に対する前向き多施設無作為比較臨床研究の結果は2016年に論文として掲載し、安全性と有効性(臨床症状の改善、6分間歩行距離の延長、心胸郭比の縮小)を証明した。
 この研究のsub解析をメーヨクリニックに依頼した結果、心不全に対する和温療法の有効性は、心不全に血管内皮機能障害を有する合併症群(高血圧・糖尿病等)で、その効果はより大きく発揮されることが示された。2018年にスェーデンのグループから心不全に対するサウナの効果を、1444編の論文のシステマチック・レビューとメタ解析で、和温療法の有効性が証明された。2019年「慢性心不全に対する和温療法」の医療技術評価提案書を、日本心臓病学会、日本循環器学会、日本心不全学会、日本心臓リハビリテーション学会、日本温泉気候物理学会で共同出願し、厚労省に新規保険収載を申請した。

新規保険収載の承認と今後の展開(2020年~)
 2020年2月、中医協の答申に慢性心不全に対する遠赤外線治療(和温療法)の新規保険収載が記載され、4月1日から保険収載されることになった。開発以来30年の年月を経て心不全に対する標準治療として承認された。登録名称は「心不全に対する遠赤外線温熱療法」で、和温療法のマニュアルに従って、学会の後援する和温療法研修会の修了証が必要であることが、改訂診療報酬点数表参考資料に記載されている。今後の目標は、慢性心不全に対する和温療法の普及とともに、重症下肢虚血、慢性疲労症候群、線維筋痛症、脳神経変性疾患など心不全以外の難治性疾患に対する有効性のエビデンスを積み重ね、これらの疾患に対する新規保険収載をめざしたい。更に、高齢者の認知症対策として和温療法の有用性を明らかにしたい。
 和温療法の最終目標は、1)全人的治療として長寿社会の健康長寿の促進、2)介護寿命を幸せに感じる福寿社会の実現、である。性差を超え人種を超えて、世界中の高齢者のための福寿医療として確立し、普及することである。